幸せだなと思ってもらえる献立作りを目指したい「吉田 知恵子さん」

社会福祉法人 典人会 栄養士

吉田 知恵子 さん

業種:栄養士

介護老人福祉施設における栄養士の仕事について

ここで暮らされている方、利用されている方の食事を提供するにあたっての献立や栄養管理を主にやっています。ただそういう考える部分だけでなく、実際に調理現場にも入っています。考えた献立が実際どう出来上がるかを調理しながら確認し、それを次の献立作りにも活かして…という感じですね。

献立の作成はどのように行っているのですか?

現在は私の他にもう一人栄養士がおりまして、その人と二人で分担し、月の半分ずつ献立作成を行っています。私達が勤務している施設における献立の作成というのは栄養やメニューのバランスという土台があった上で更に、食べる人全員を想像しながら考えていかなければなりません。
例えばですが、現在昼食の場合は職員も含めまして約80食分用意しているのですが、その中でこの人はこれが嫌いで食べられないといったこと、またお年寄りなので噛める噛めない、飲める飲めないの問題もあります。高齢者の福祉施設ならではの食形態や嗜好の多様さに非常に頭を悩ませるところでして、そういった部分で食べる方の顔を想像しながら、安全かつバランスを取った上での献立作成をしています。

かなり制限がある中、考えていらっしゃるんですね。

そうですね。ただ机上で栄養バランスなどをみて作るのでしたらいいのですが、実際の現場を考えながらそれを形にしようとすると難しい所はいっぱいあります。
これは私個人の考え方なのですが、こちらは介護老人福祉施設ということもあり、もしかしたら自分の立てた献立がある人にとって最後にとる食事という事もありうると思うと、そういった安全やバランスを取った食事だけでなく、たまにはその人にとって大好きな料理を提供して「ああ、今日は幸せだな」
って思ってもらう日があればいいなと。ただ、そこをどういう風に反映させようかというのでまた悩んで、いつも献立作りには苦労していますね。
以前は前の栄養士さんが作られていた献立を反復するところもあったんですけども、段々仕事に慣れてきて気持ちに余裕がうまれ、周りを見れるようになった現在だからこそ、考えるようになった次の壁という感じですね。

喜びを感じる事や嬉しかった事について

今日もですが、利用者の方から“いつもどうもね”って声をかけて頂いて。感謝の気持ちを伝えてもらえるのはとても嬉しいですね。また当法人で働き始めてからは栄養士のこと以外にも、これからの福祉や介護について発表する機会を与えてもらったりと、普通には中々出来ないような経験を積ませてもさせてもらってることも嬉しいです。

少し話題は逸れますが、現在介護・福祉関係の仕事は人手が足りないとメディア等で取り上げられていることについて

そうですね。ただ人が足りないから休めないとかは全くなく、4週間で8回休みというシフト制を組んでいまして、そこはしっかりやっていますので。逆に普通の会社でも個人経営の所だと中々休めないとか連続勤務とか、休みでも半日勤務みたいな事もあったりするのかなと思いますが、当法人は確実に4週に8回の休みがありますし、人を大事にしてくれてると思います。

今後やってみたいこと

ここを住まいとして生活している方も居りますので、そういう方ともっと食事で繋がる方法を考えていきたいですね。利用者の方が人生何十年と生きてきた中で、どういう食の歴史があったのかなとか、色んな思い出がそれぞれにあると思うんです。例えば、初めての給料で食べたのがこれだったとか、そういう食に対する思い入れみたいなものもいっぱい聞いてみたいなと。そして自分が作りたい物を作るのではなく、食べる人が食べたい物、食べて喜んでもらえる物を献立に反映させていきたいですね。

大船渡での生活について

実家は住田町なんですが、数か月前から大船渡で暮らしています。休日はやっぱり料理が好きなんで家にいるときはお試し的に作りたい物を作ったりしたりとか、あとはカメラが趣味でして写真を撮りに一人でドライブしたりもしますね。気仙管内は都会的な所より良いと思える風景がいっぱいありますね。
またお年寄りと子供達の交流をやろうっていう地域性があるのもいいですよね。よく大船渡は遊ぶ場所がないという話もでますが、遊ぶっていうのも考えようだなって思いまして。デパートとか遊園地とかがあるとこじゃないと遊べないっていうのは、つまらないなあと。なので例えばアウトドアとかで都会ではできないような事とかを自分達で遊びを見つけられる、そのぐらい豊かな人になってやろうと思っていますので、遊ぶ場所がないっていうのは、個人的にはあまり思ったことがないですね。

栄養士になったきっかけとは

正直な所、具体的にこの仕事がしたいっていうのは高校卒業するまで描けなくて、進路も何となく進んだ栄養士だったんです。食にこだわりがあるから、食べ物が好きだからという動機でもなく。
1番目に考えたのは親に迷惑をかけないようにという事。県外に出るとなると県内と比較してより多くお金がかかるので、県内にしようと。そこから将来を考えて、幅広く色んな所で働ける仕事である栄養士を選択しました。その時点で夢があったわけでもないので選択肢の多さで考えました。

気仙管内の中高生に向けて

自分は夢が明確に描けないまま大人になっていますけど、そこに劣等感とかは全然感じないです。
生きてきた中で感じていくものを拾い集めて大人という自分を形成してきました。一人で今があるわけではなく、色んな人の力を借りたおかげと思っていますし、これからもそうなんだと思います。
なので、同じように夢が描けないという子にも慣れ親しんだ人が周りにいる環境っていうのは自分が成長していく上ですごく良い環境だよという事は伝えたい。
現在夢なんてないですとか、将来不安ですとか、ほんと何も考えてないですっていう人でも、一人にならないで周りといろんな話をしているうちにヒントは出てくると思います。そこから夢を探したりだとか、働きながら探すっていうのも全然有りだとこの年になって思うようになったので。
小さい頃からの夢を持って、それになった人は本当に凄いと思います。でも、何となくでこの道を進んできた私でもこうやって充実した気持ちをもってやっている。それは周りの人のお陰なので、皆さんも周りの人を大切にしてほしい。人との繋がりっていうのを一つでも多く作ってください。