進むべき道は一つだけと限らなくたっていい「木村 文律さん」

本増寺執事・筑波大学大学院

木村 文律 さん

業種:僧侶・研究員

僧侶・研究員の仕事とは

現在の仕事や活動について

まず一つめに大船渡町の本増寺というお寺で僧侶の仕事をしています。皆さんがご想像されるような葬儀等でお経読んだりというのだけでなく、普段は事務的な事…檀家さんの手続きや葬儀・法事などの予定調整に加え、本増寺ニュースというお知らせも毎月発行していたりします。また行事として毎月、信行会というお参りをしたり、1年間通して七大行事というものを…例えば1月は元旦祭、2月は星祭、というようにそちらの開催や準備も行っております。

二つめに大船渡で子供たちにスポーツを教えようと協力者と気仙スポーツリゾートというスポーツスクールを作り、週2回のペースでサッカー・バレー・ハンドボールなどを教えております。

三つめに筑波大学大学院で研究員もやっておりまして、スポーツ医学に関する研究にも取り組んでおります。お寺の仕事もあるので大学院に通う頻度としては月に1回くらいのペースで、後輩と一緒に研究をしています。研究自体は2000年くらいから初めているので、約17年になります。

家業ともいえる僧侶の仕事、やはり小さい頃から意識していたのでしょうか。

うーん、小さい頃は継ごうとはそれ程考えてなかったですね。むしろ小さい頃は野球をやっていたので漠然とプロ野球選手になりたいと考えていました。でも現実は厳しく、プロは難しいとなった時に、では自分は何をやっていきたいのだろうと考えたんですね。そこでまず自分の根っことしてスポーツが好きというのがあるなと。だからスポーツに関わること…スポーツ医学の道、要は医者を目指してみようと思い立ち、勉強していきました。結果として医者ではなく生命科学の分野に興味を抱き、それを勉強できる大学に進学と。現在はスポーツ医学の研究室を選んで研究員として続けているという所です。

何が好きか、何をやっていきたいかを考えて選んだ道なのですね。

そうですね。やはり好きなものをどんどん追及していくという方向で進んでいけば苦しい事や困難な事があっても、何とかやっていけるっていうふうにはなるかなと思います。自分のやりたい事を見つけ、それをやろう!と進んでいったら私の場合は幸運にも好きなことでずっとやってこれていますね。

それと同時に、ここで先程の僧侶の話に戻るのですが、やはり家業であるお寺のこともいずれやらなければという思いも段々と出てきまして。大学院でほぼもう修了の目途がついてきた頃、仏教の方の勉強もしようということでその勉強ができる大学に入り、大学院修了と同時に住職になるための修行として身延山久遠寺という所へ1か月修行にいきました。勉強と修行で2年ぐらいはかかりました。

そういった二年を経て僧侶という道を選びつつも、現在は研究者とスポーツスクールのインストラクターという道を同時に歩き続けている。そこに至ったのはなぜでしょう。

一つはさっきお話した、自分はスポーツが好きだという根っこなんですよね。スポーツに関する事は何かしらの形で関わり続けていきたいという思いが常にあって。ただ僧侶の仕事も当然疎かにできないので、そこを逆に三つの道をうまく結び付けながらやれないかなと考えました。その方がそれぞれの道に色んな効果や影響が出てきて面白いのだろうな、と。あとは僧侶…お寺の仕事をうまくやりくりすれば他の事もできなくはないという融通が利くという事だったり、現在所属している筑波大学の研究室の先生方からの理解も得られているという環境だった事も大きかったと思います。

そういう環境を築きあげていった木村さんの努力があってこそですね。やりたい事を諦めない、やれるようにする為の努力を相当してきたんだろうなと感じました。

そう言って頂けるのはありがたいですね(笑)

一つの道を究めるっていう事はもちろん大切な事で、究めるからこそ得られる成果や知見もありますが、今の時代はそれだけでなくて二つ三つと色んな事を同時にやっていくという方法も、様々な相乗効果が出て良いのではないかなと思いますね。それと一つの道がダメでも別の道が残っていると考えられる事で気楽になれる。一つの道しかない場合、ミスしたり脱線するようなことが起きて精神的に自分を追い込む方もいると思うのですが、いくつか道があれば乗り換えがきいてそういう事も緩和されるかなと。勿論その分仕事量が増えるとは思います。ただ現在はどんどんインターネットなど情報技術の発達もあって、以前のように職場や仕事に縛られるというのは絶対にあるわけではない。いくらでもやりようがある環境になってきたので、自分が望めば色んなやりたい事を追える時代になったのではないかと思いますね。

もし仮に1つの道だけを選んでいたとしたら

想像がつかないのですが、僧侶か研究者どちらかを選んで僧侶ならば大船渡に、研究者ならば筑波大学にいたでしょうね。仮に研究者としてスポーツの道を選んでいたとしたら、今のように僧侶と筑波大学の研究員という二つの立場だからこそできた、復興の一助としての大船渡と筑波大学の橋渡し役(マッサージボランティアやスポーツ教室)も叶わなかったでしょうね。

現在のスポーツだけやっていればいいという発想では駄目、スポーツ界は社会へ如何に貢献していくかっていう事を深く考えていかねばならない時代において、今回の震災のおいては様々な形でスポーツ界の貢献が報道等でも紹介されていますが、自分は色んな道を歩いてきているからこそどちらにも縁があり、今回そういう事も出来たのかなと思います。

木村さんにとってそれぞれの道が収束する大きな目標って何でしょうか

宗教とスポーツ、全く別のように思われるでしょうけども、地域貢献という目的を叶える上ではどちらも同じ方向で結びついてくるのかなと。地域貢献という大きな目標を立てたときに、ある時は宗教の方から、別の機会にはスポーツから、またどちらの方からもとやっていける。色々なアプローチで地域貢献を果たしたい、そう思い描いてやっていますね。