コツコツと実績を積んでいく「澤田 和成さん」

盛岡日産モーター株式会社 大船渡店

澤田 和成 さん

業種:自動車整備

整備士という仕事

整備士のお仕事はどんな仕事ですか?

車の車検や、調子が悪い車の修理などをしています。
工業高校の出身で、機械科の勉強をするうちに、ものづくりに興味が出てきて。うちの父親も整備士だったので、自然につながったんですね。

仕事をする上でのこだわりはどんなところですか?

調子悪い車を持ってくる人は基本的に心配しながらやってくるんです。
だから、お出迎えの時には「大丈夫でしたか?」と声をかけたり、お客さんへの心遣いは気をつけています。無事直った時に、「助かったよ、ありがとう」と言ってもらえるのが一番嬉しくて。
それが聞きたくてやっているところもあります。直して終わり、というのではなく、人と人との関わりを大切にして、ちゃんと感謝してもらえるように、という気持ちはあります。

今までで苦労した経験、大変だったことは?

震災の時です。仕事量がガクッと減りました。直すべき車はたくさんあって、直してあげたいと思うんですが、どうしようもない車を取りに行くばかりで。すごい無力感でした。
塩水に浸かってしまったらどうしようもないんです。でもお客さんには愛着もあって直して欲しい…。自分は何もできないじゃないかって思ってしまって。

そのあと復興業者の方たちがたくさん来て、ふらっと「ちょっと見てけろ」なんて来られるようになって、まだここでもやるべきことはあるかな、やっていきたいな、と思いました。

うれしかったエピソードを教えてください。

年配のお客さんだったんですが、車が調子悪いということで来られて、けっこう試行錯誤しながらやっと直すことができました。そうしたら、ありがとうってすごく感謝していただいて、家でなった柿とかいろいろ持ってきてくださって。すごくうれしかったです。
大船渡は年配の方も多いので、そういう気遣いをしてくださることはよくあります。人のつながりを感じるときはうれしい気持ちになりますね。

これからやってみたいこと、目標を教えてください。

すごく難しい修理を一人でできるようになれたらいいな、と思っています。内陸に比べると工場もそれほど忙しくないはずなので、しっかり技術を磨いてできることを増やしていかなきゃなと思っています。

働くために地元・大船渡に帰ってきたのはなぜですか?

専門学校は栃木だったんですが、初めから地元に戻るつもりで通っていました。
都会も向いていないし、自炊して生活するイメージもなかったです。会社の面接でも「何か気になることはありますか?」と聞かれて、「地元で働きたいです。」と言ってしまいました。あとから聞いたら、その一言で落とされたみたいです(笑)。
でも、自分にとってはそれが自然でした。

子どものころの夢は何でしたか?

普通の少年でしたよ(笑)小学校から野球をやっていたのでプロ野球選手になるって言ったり。高校からはバレーボールをやったので、そうすると春の高校バレーに出たいとか。

仕事をする=お金をもらえる、と思っていたので、すごく楽しいことなんだと思っていました。
いざ仕事に就くと、働いてお金をもらう大変さって身にしみて感じます。
専門学校のときなんて仕送りしてもらったお金を使えるだけ使っていたので、正直子どもに戻りたいくらいです。そのくらい、簡単に考えてしまっていました。でもそれって、仕事してからじゃないとわからないですね(笑)。

今の仕事は自分に合っていると思いますか?

自分の性格にはあまり向いていないのかもしれません。
上司からは資格を取るように勧められたりするのですが、そこに向上心が持てないというか。誰かが資格取ったって聞いても、すごいと思うだけで、あまり競争心も湧いてこないんです。
技術を磨く必要性は感じていますが、座学が必要となるとなかなか…。

ものづくりをとことんやりたいのが本音です。
自動車が好き、という気持ちだけでこの仕事を選んだので、それだけやりたいんですが、まあなかなかそうはいかない部分もあるんだな、と納得はしています。
職場としては人にも恵まれているので現場には満足しています。

今の仕事の一番の魅力は何ですか?

整備士って、車に興味がないと親しみを持てない仕事なんじゃないかと思います。
でも、車好きにはいいですよ。
この前、高校生がインターンシップで来ていましたが、彼、車がすごく好きで。絶対整備士になりますって言って帰って行きました(笑)。いずれ自動車学校に行って免許を取ることがあれば、車の楽しさもわかるかもしれません。まずは車好きが増えるといいなと思います。そうすれば、整備士の仕事にも興味を持つようになると思いますね。