大船渡の歩みを見逃さない「平野 桃子さん」

大船渡市役所

平野 桃子 さん

業種:市役所職員

市役所の仕事とは

大船渡での暮らしはどうですか?

食べ物がおいしいですね。特にウニが大好きです。大船渡に来てからウニが好きになったくらい大好きです。ただ交通の便ではやっぱり不便です。福岡の実家に帰ろうと思った時に空港まですごく遠くお金もかかるので帰るとなると大変な労力が必要とされる場所ではありますね。よく車を持たない生活に驚かれるんですけど、休日や必要な時には誰かに遊びに連れて行ってもらったりして、しぶとく誰かに寄生して生きています。

担当されている業務について教えて頂けますか?

防災集団移転促進事業という震災により家を失った方に高台の安全と思われる場所へ自宅を建てられるように国のお金で市が土地を造成する仕事になります。造成を案内するのは業務の一つであり、その中には補助金申請などのバックアップも必要とされるのでそういう役割も担っています。私がこの業務を担当するようになったのは最初からではなく、高台に移転したいという希望者が決まった後からの状態での引き継ぎだったので、土地の契約や補助金申請についての業務が中心ではあります。

現在の職に就いたきっかけは何ですか?

大学3年生の頃に震災が起きまして。その当時は京都に住んでいてメディアを通じて震災の様子を見たんですけど、何かしたいなという気持ちをぼんやり持ちつつ自分が力になれることはないと思っていたんです。どこか不完全燃焼な感覚でいた7月頃、高校の友人が大船渡という被災地にお祭りの手伝いをしにいくという話を聞き入れ、友人に連れてきてもらうような形で初めて被災地・大船渡に訪れたんです。お祭りの手伝いを通じて地域の人と交流したり等、一週間ほど滞在した時に「この大船渡で色んな事を見てきたけれどもこのまま何もしないでいいのかな」という思いが浮かんできていたんです。就職してしまったら時間も無くなって、もう私はここに永遠に来ないだろうと思って、それ自体は悪いこととは思わないけれども、本当にそれでいいのか、何かできることはないのかと葛藤したんですね。具体的に何かしたいということがあったわけではないけれども、ここがどうなっていくんだろうなという後ろ髪を引かれるような思いがあったんです。その結果、福岡の家族からの猛反対がありつつ「今いかなければ自分じゃないから今行かせてほしい」と説得し、この土地で住み働くことになったんです。今では実家から「ウニはまだか?」なんて要求が来ています(笑)。
大船渡に来てから後悔したこともホームシックも全然ないです。

仕事で苦労したことや嬉しかったことはありますか?

最初は方言がわからなかったですね。上司の言っていることが半分くらいしかわからなかったです。慣れた今は大丈夫ですけども。知らない土地ということもあって、地域の名前がわからないと地元の事が分からないという所も苦労しましたね。
嬉しかったことですが、高台に引っ越した方から「おかげさまで引っ越したよ。ありがとう!」と伝えられたときには私まで嬉しくなりました。震災によって無くなった住居の環境整備をするのはとてもやりがいに直接繋がります。何よりも仮設住宅で住まわれている時と表情が全然違うのはとても印象的ですね。私は明るいニュースが入ってくるこのタイミングでこの業務についているので、この機会に携われたことに感謝しています。近い将来、皆さんが住宅再建を終了したというゴールでもあり、スタートでもある瞬間を自分も一緒に迎えられたらいいなと思っています。

仕事をする上で大切にしていることは何ですか?

仕事するうえでというわけではないのですが、自分は大船渡の人間ではないという自覚は常にあります。染まりすぎないようにしようとも思っています。
他所の人間としての見方ができれば良いなとも思うし、仮に退職するまで大船渡にいたとしても他所の人間として自分ができることをやるためにも染まりすぎないようにしています。ただ思っているけども、馴染みすぎているなと実感する部分はあるので正直難しいです。

市役所の仕事をしてみて思う所があれば教えてもらえますか?

今でいえば復興関連の仕事というのは今ここでしかない仕事なので、そういう意味で唯一無二の経験ができるなというのは一つ貴重なことかなと思っています。反面、前例のない仕事なので自分で答えを何とか作らなくてはいけないので不安定な環境での柔軟性が求められる未知の世界への好奇心のようなものがあるかもしれませんね。市役所は何でも屋と思われている所があるようですが、公平性・公共性を鑑みて市役所なりの見解で対応をするので万人の理解を得られる対応ができないこともあります。中にはそういったところで納得されない方もいらっしゃいます。そういった方にどこまでできるかというのは諦めてはいけないけども、難しいなと正直感じることもありますね。

大船渡で仕事をするという選択

子供の頃は安易に自分の好きな事をできる仕事をという気持ちでいました。
でも、今実際に自分が結果としてやったことは、行きたい場所があってそこに住むための手段として就職するということを選んだんですね。
就職というのは目的じゃないんだなというのは今振り返って思う所です。
大船渡に住むために選んだ仕事の一つがこれだったと思います。
もちろん仕事に就いたからには、お金を貰うからにはきちんとしなくてはいけないというのはあるんですけども、根本的にはこれから大船渡でどういった事が起きていくのかを知りたいというのが一番にあって、それがなければここにいないかもしれませんね。
自分の中でこの場所にいる理由・見たい光景があるからこそ、この場所で仕事を続けている。思っていることなくて惰性で働くということは自分にはここではできません。
仮に自分の地元であれば惰性であっても親や家族と一緒に近くに住むということが一つの親孝行として成り立ちますが、遠くにいるからにはちゃんと自分の思いを持っていなければなと考えさせられます。
そういう思いがあるからこそ実家に帰省した時になぜ大船渡にいるのかという事を振り返られるし、自分がどこにいるか、どこにいたいかを整理できますね。